浅草歌舞伎スポットめぐり
普段は文楽専門であるが、
勘三郎、団十郎両師を偲んで、歌舞伎スポットを巡ってみたい。
江戸歌舞伎発祥は言わずもがな、中村座、中村勘三郎であり、
現在江戸歌舞伎、荒事、の代表といえば成田屋、市川団十郎、
両師を失うというのは何とも言えない大きな損失で、残念極まりない。
歌舞伎座閉座うちには、中村芝翫師、雀右衛門師と失い、
こちらも大変な事であった。
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基本的にはこちらを参考にした
浅草大百科歌舞伎
歌舞伎コース
http://www.asakusa.gr.jp/course/course_kabuki.html
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現在地からスタートするということで、
上記ページでの順不同で開始
浅草寺から境内を歩いていく、
途中ほどに河竹黙阿弥住居跡
P1020106 posted by (C)お寺しゃしん
文楽の物まねではく、人間が演じるというところの特徴がよく出る、口語主体の文章が特徴で、
個人的には丸本物よりも歌舞伎というとこちらのイメージで特に江戸歌舞伎といえばこれを
思い浮かべる。
この地で白波物などの傑作を次々書き上げる。
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そのまま境内を進んで、
P1020108 posted by (C)お寺しゃしん
本殿裏奥には、
九代目市川團十郎の暫の像が、、
P1020110 posted by (C)お寺しゃしん
なかなかの迫力で九代目の表情をよくとらえている。
P1020111 posted by (C)お寺しゃしん
戦中には金属没収で一時無くなってしまったが十二代目団十郎襲名の際に、復元された。
素晴らしいが実物の迫力、存在感、躍動感はさらに上がる
九代目市川団十郎 posted by (C)お寺しゃしん
写真からでもその素晴らしさは存分に伝わる。
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そしてその隣で以外にひっそりしている、浅草神社へ
いろいろな歌舞伎ゆかりの碑があるということだったが、時間の都合もあって発見できなかった。
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すこし東に進んで、そこにある花川戸公園に、
姥ヶ池跡碑
P1020113 posted by (C)お寺しゃしん
黙阿弥作「一つ家」での舞台という、
いわゆる鬼婆伝説のようなもので自分の娘を殺してしまった婆がここに身を投げた、、
ということになっている。個人的には文楽で何十年ぶりに懸った奥州安達ケ原の一つ家の段
を見ていたのでまったく東北の伝説と思っていたが、どうもこちらが本家のようだった。
昔、このあたりは奥州に通じる街道が通っていて、浅茅ヶ原(あさじがはら)と呼ばれていました。
その浅茅ヶ原の一軒屋に老婆と娘が住んでいました。
そして、娘が旅人を連れ込んで、その旅人が眠った時に、老婆が旅人の頭を石枕で叩いて殺して金品を奪っていました。
ところが、ある夜、娘が旅人の身代わりになって死んでしまいます。
老婆はそれを悲しんで悪業を悔やみ、池に身を投げて死んでしまいました。それから、人々はここを姥ヶ池と呼んだ
とのこと
その隣には
助六歌碑、
P1020114 posted by (C)お寺しゃしん
九代目団十郎の揮毫で、
「助六にゆかりの雲の紫を弥陀の利剣で鬼は外なり 団州」
(つづく)