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mittsuの日記

ダイアリーからブログへ移行できるかの検証用です。主にデザインと過去内容の移動です。

ここは検証用です。下記が本体です。

http://d.hatena.ne.jp/mittsu/


京都検定2級申し込み

最終日に滑り込み申し込み。


開いてしまった日の記事も思い出しで書く予定


仕事でいっぱいになればなるほど、
なにか意識して気晴らしを、

google アートプロジェクトについて気になる記事

Googleアートプロジェクトに日本の美術作品が登場 - 国宝をネットで鑑賞
http://news.mynavi.jp/news/2012/04/10/018/index.html
Googleは4月9日、Web上で世界の美術品を鑑賞できるサービス「Googleアートプロジェクト」に、日本の美術館・博物館の作品を追加したと発表した。国宝16件、重要文化財51件を含む美術作品567件の高解像度画像が、Googleアートプロジェクトで閲覧可能になった。

今回、Googleアートプロジェクトに加わった日本の美術館は、足立美術館 / 大原美術館 / 国立西洋美術館 / サントリー美術館 / 東京国立博物館 / ブリヂストン美術館の6館。特に東京国立博物館に収蔵されている国宝「観楓図屏風」(狩野秀頼筆 / 室町〜安土桃山時代)と、足立美術館蔵の「紅葉」(横山大観作 / 1931年)の2作品については、70億画素の超高解像度で撮影され、細かい筆のタッチまで鑑賞できるという。


Googleアートプロジェクトは昨年2月に米国ではじまったサービス。開始当初は、メトロポリタン美術館やウフィッツィ美術館など、米国・欧州の17館の参加に留まり、閲覧可能な作品数は1000件程度だった。現在は日本を含め世界各国の美術館151館が参加し、6000人以上の芸術家による3万件以上の作品を鑑賞できるようになっている。

公式アナウンス
http://googlejapan.blogspot.jp/2012/04/google_09.html

京の伝統支えた活版印刷、惜しまれ廃業 - 京都新聞 http://s.kyoto-np.jp/sightseeing/article/20120407000073?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

文楽劇場前モニュメントについて気になる記事

歴史誇る「二ツ井戸」復元 文楽劇場前、5日除幕
http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/120402/20120402012.html
大阪市中央区の高津地区でかつて地域住民に親しまれた「二ツ井戸」が、同区日本橋1丁目の国立文楽劇場前にモニュメントとして復元されることになった。井戸にまつわる由緒は約400年にさかのぼり、徳川家光真田幸村ら武将に関連する言い伝えも残る。同地区は織田作之助夫婦善哉(めおとぜんざい)』の舞台で文楽発祥の地でもあり、新たなまちおこしのツールとして住民の期待が高まっている。除幕式は5日。

 二ツ井戸は、その名の通り連なった二つの枠からなる井戸で、1796(寛政8)年発行の『摂津名所図会』にも、「三都自慢競」として「有馬の火の見」(江戸)「知恩院の傘」(京都)と並び、大坂は「道頓ほり二ツ井戸」とうたわれた名所。1634(寛永11)年ごろには、地下水脈を使い、時の為政者である家光の地代免除の政策に応えるために釣り鐘を鋳造したという史実や、幸村が抜け穴として利用したという伝説も残っている。

 復元については、かねてより住民から切望の声があったという。「高津地区まちづくり推進協議会」が中心となって寄付を募ったところ、個人、法人問わず申し出があり、始めてまもなく建設費用のめどがついた。高津連合振興町会会長の山口滋万麿さん(65)は「高津のまちづくりを進めていくにはうってつけの文化財だ」と完成を喜んでいる。

 そもそも井戸は、一方は飲用、他方は工業用水に利用されてきたという。1889(明治22)年には、都市計画による区画整備のため、地図(1)の場所から払い下げられ、引き受けたのが同(2)で営業していた粟(あわ)おこしの生産者「つのせ」だ。

 この地区(現在の同区道頓堀1丁目東)は、当時は「二ツ井戸町」の地名で、現在も「二ツ井戸町会」がその名残をとどめている。大正年間(1912−26)にはビル建築などの影響で水脈は枯れ、その後の戦災により消失。戦後同(3)へ同店が移転し、井戸が復元されたが、さらに平成に入って市外(現本社・堺市堺区)へ転居した後は埋め立てられたという。

 同劇場前=同(4)=には、石造りの井戸枠と銘板が添えつけられる予定で、住民の寄付による完成は愛着の結集といえそうだ。二ツ井戸町会の住民で、復元実行委員長の金田次郎さん(68)は「歴史遺産、観光資源として将来に伝えていきたい」と意欲的に話している。


1,2,3,4の画像はリンク先

「知恩院の傘」とは?… →「知恩院七不思議の忘れ傘」

大河、平清盛の視聴率について、気になる記事

平清盛」視聴率12・6% 今年ワーストを更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120326-00000048-dal-ent
25日に放送されたNHK大河ドラマ平清盛」(第12回)の視聴率が、関東地区で前回より0・6ポイント減の12・6%で、今年ワーストを更新したことが26日、ビデオリサーチの調べで分かった。

 昨年放送の「江〜姫たちの戦国〜」は、13・1%(8月14日)がワーストだった。大河ドラマの視聴率が12%台まで落ち込んだのは03年「武蔵」以来、9年ぶり。

 主演の松山ケンイチは24日に、東京都内で行われた主演映画の舞台あいさつに出席した際に、「平清盛」の視聴率が低空飛行を続けていることに「スタッフ、キャストが一丸となってやらなきゃいけない時期にきている」と話していた。

最近、ようやく録画を見始める。
個人的には、元就以降のホームドラマ的なものがあまり好みでなかったので、
今回の清盛その人物、人間性にフォーカスが当たる方向性は大変に見ごたえがあり、好みでこのまま行ってほしい。
クラシックも伝統芸能も初心者向けの番組しかなくなってしまい、もうちょっとレベルの高い番組があってもいいと思う。

南観音山は、6番へ

140年前の巡行順復活へ 祇園祭後祭
http://s.kyoto-np.jp/sightseeing/article/20120322000144
祇園祭山鉾連合会(事務局・京都市中京区)は22日、今年の山鉾巡行(7月17日)から、後祭(あとまつり)の巡行順を約140年ぶりに変更し、室町時代から幕末までの巡行の姿に近づけると発表した。橋弁慶山を先頭に戻し、唐櫃(からびつ)で142年ぶりに巡行復帰する大船鉾は幕末同様、最後尾とする。

 現在は、前祭(さきまつり)の山鉾23基と後祭の山9基が合同巡行している。後祭のうち、先頭の北観音山、2番手の橋弁慶山、最後尾の南観音山は「くじ取らず」で順序が固定され、ほかの6基の山はくじで決めていた。

 今回の変更で、橋弁慶山が1871(明治4)年までと同じく後祭の先頭となる。2番手に北観音山、6番手に南観音山を配置、大船鉾を最後尾とする。その間の順序はくじで決める。後祭の巡行順の大幅な変更は、72年から79年にかけて現行の順序が整って以来。吉田孝次郎理事長(74)は「後祭を伝統的な姿に戻したい」と話した。

後の祭り巡航
進行方向

1番 橋弁慶山 (くじ取らず)
2番 北観音山 (くじ撮らず)
3番
4番
5番
6番 南観音山 (くじ取らず)
7番 
8番
9番
10番 大船鉾  (くじ撮らず)


くじによって決まる曳山
鈴鹿山、鯉山、八幡山、黒主山、浄妙山、役行者


蛤御門の変からの復興!・・なんともすばらしい。

デジタル文化ギャラリー演目追加

http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/index.html

舞台芸術教材「歌舞伎編 黙阿弥」「文楽編 作品解説(絵本太功記・夏祭浪花鑑)」を公開しました。

すばらしい、