mittsuの日記

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大船鉾、復興へ 来夏から再建準備 祇園祭 くじ取り式出席
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100613000017&genre=I1&area=K00
江戸時代まで祇園祭山鉾巡行のトリを飾り、幕末の大火で焼失して休み鉾となっていた「大船(おおふね)鉾」が、巡行復帰を目指して準備を進めていることが、12日に分かった。四条町大船鉾保存会(京都市下京区新町通四条下ル)が今年のくじ取り式にオブザーバーとして出席するほか、来夏以降、鉾再建のために広く支援を呼び掛ける。かつては最大級の鉾だっただけに、「33基目」の山鉾復興への期待は大きい。

 江戸時代の文献によると、神功皇后が遠征した説話に基づき、当時は「出陣」と「凱旋(がいせん)」の2基の船鉾があった。焼失した「凱旋」の船鉾は、現存する「出陣」の船鉾よりひと回り大きく、大船鉾と呼ばれた。山鉾巡行が2日に分かれていた時代に、後祭(あとまつり)の最後尾を務めていたという。

 しかし、1864(元治元)年に起きた蛤御門(はまぐりごもん)の変で、京都は大火に見舞われ、大船鉾の本体は焼失した。幸い、神功皇后の御神面をはじめ、前掛や後掛(見送)など豪華な懸装品の多くは難を逃れた。

 1870(明治3)年には、御神面を唐櫃(からひつ)に載せて巡行に参加したが、完全復興には至らなかった。ただ、宵山で御神面や懸装品を飾る「居祭り」は受け継がれ、1997年には大船鉾の囃子(はやし)も復活させた。次世代のリーダーも熱心に活動し、復興に向けた機運が徐々に高まっていた。御神面や懸装品は、2007年に市有形民俗文化財に指定された。

 保存会は、復興に向けた支援の受け皿づくりとして、今年4月に一般財団法人となった。さらに税制上の優遇を受けやすい公益財団法人の取得を目指し、来夏以降、鉾再建への支援を市民や企業、民間団体に呼び掛けるなど、復興に向けて本格的に動きだす。今年のくじ取り式には、オブザーバーながら代表が出席、手順などを見学する。

 四条町大船鉾保存会の松居米三理事長(77)は「まだ時期は明言できないが、必ず復興したい。多くの方々のご支援を受けながら、一歩ずつ前進させたい」と話している。

・早く勇姿見たい

 祇園祭山鉾連合会の深見茂理事長の話 保存会の方々が努力したからこそ、ここまで進んだ。重要無形民俗文化財の山鉾行事の形を変えるには、国などとの協議が必要で、クリアすべき問題はあるが、早く大船鉾の勇姿を見たい。

・休み鉾(山) 記録に残りながら本体や懸装品などを焼失し、巡行に参加していない山鉾。1864年の大火で焼失した山鉾も多い。大船鉾のほかに、鷹(たか)山と布袋山がある。

【 2010年06月13日 10時06分 】