mittsuの日記

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疎水船復活について気になる記事

疏水三十石船 風情再び 京都滋賀県人会が復元
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100216000026&genre=M1&area=S00
 今年が琵琶湖疏水の完成120周年と、京都滋賀県人会創立50周年にあたるのを記念して、かつて物資や旅客を積んで疏水を行き来した木造の三十石船2隻が復元、3月から蹴上インクライン(京都市左京区)に設置される。京都市に船を寄贈する県人会は「水を通した滋賀と京都の結び付きを、形で伝えたい」と期待する。

 ■3月、蹴上に展示

 疏水は、京都市発足前の京都府が、1890(明治23)年4月、大津から鴨川左岸までの11・1キロを5年間の工期で完成。今も京都市の上水源や発電に使われている。1951(昭和26)年までは三十石船による舟運が行われていた。

 琵琶湖の恵みが京都の発展に寄与した歴史を伝えようと、昨年8月の江州音頭フェスティバル京都大会の際、門川大作京都市長と白井治夫京都滋賀県人会長(74)が記念事業に合意。船の建造を県人会が企画して杢兵衛(もくべえ)造船所(大津市)に依頼、船大工3人が12月から作業を続けている。

 三十石船は長さ11・6メートル、幅2メートル。国産ヒノキ材を使い、独特の曲がった工具やくぎを駆使し、すき間なく、船体の曲面を組み立てていく。50年近く船大工を続ける仲野勲さん(70)は「木造船を造るのは数年ぶり。体が覚えた技術を伝えられ、やりがいのある楽しい仕事です」と話す。

 白井会長は「滋賀に生まれ、京都で働かせていただく者として、琵琶湖への感謝を形で表したい」という。

 三十石船は3月28日に京都市へ寄贈され、インクライン(傾斜鉄道)の線路上に2基残る船の台車に載せる。桜の名所に、新たなシンボルが加わる。同市は「疏水の役割の中に、当初は物流もあったことを再認識してもらえる。市民にも喜ばれ、ありがたい」(岡本繁樹疏水事務所長)としている。

インクラインの疎水三十石船も代替わりになるもよう。